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2016年2月26日 (金)

「失業者のストライキ」について

「atプラス」という雑誌があるのだけど、それがリニューアルされたとかなんとかということで買ってみた。

買おうと思ったきっかけは、山口智美・北田暁大の「行動する女たちの会」の話やら、ブレイディみかこの欧州の革新政党(というのもどこか古めかしい言葉であるが)の情況についての報告、それから蟻鱒鳶ルの岡啓輔の話などがおもしろそうだなというのもあるが、特にアナキスト研究者、栗原さんの文章である。

栗原さんの著作については前回も載せたが、就活デモを初めて行った後ぐらいからの友人でもあり、去年も札幌で一緒にイベントをやった。


栗原さんの文章のタイトルは、「失業者のストライキ」。サブタイトルは、「われわれは、どこにでもひきこもれる」。

この文章では、今の働き方を中心として我々の生き方が問われており、その対抗策として、「正社員として働く、みたいな、この社会のメジャーなあり方から離脱すればいいじゃん」ってなことが書かれている。うむ、それは良い。

それは良いのだけど、「働くことからの離脱」の文脈の、実はけっこうな部分で就活デモのこと(というか僕の書いた文章)が言及されていることに、買ってから気づいた。なんだよ!こんなに載ってるんだったら一言教えてよ!笑

まぁ、それは良いのだけど、ここについてちょっと補足というか訂正をしておきたい。

というのも、そもそも就活デモは(必ずしも)「働かないぞ」というアピールではない。

基本的には、就活に代表される、若者の置かれてる情況をもっとなんとかしろやっていうアピールであり、「改善」を求めるものである。だから、基本的には「もっとマシな働き方、生き方を」ってことであって、「働かないぞ」を前面に押し出したわけではない。

だから、僕からすると、栗原さんの文章は「働くことからの離脱」という文脈に回収して就活デモを論じているという意味で、ちょっと牽強付会の感がある。比率で言うと3分の2ぐらい。

しかし、そうは言っても3分の1ぐらいはまぁ合ってる。

どういうことかというと、就活デモは基本的には「改善」(=「もっとマシな就活を」)を求めているが、それと同時に、「こんなもんやってられるか」という「現状への根本的な否定」の意味もある。ややこしい言い方をすれば、就活デモは「働かねーぞ」を多義的に、暗に内包しているのである。


栗原さんの文章は全体的に極論みたいなことを提示して賛否を煽るというところがあるので、細かい指摘をしてもあまり仕方ないのかもしれないけれど。とりあえずメモまでに書いておく。


ちなみに、栗原さんが引用している僕の文章自体は、もっともっとナイーブで、微妙なことを書いているので、興味を持った人は下からダウンロードできるので、直接読んでみて欲しい。長いけど。

社会運動としての就活デモを振り返る(pdf)


おまけ:
僕自身、ここ数年は目立って何かを書いたり行動したり、ということはしていないけれど、それはそれとして普通に(?)生きており、かつ何かの現場に携わっているつもりではある。いちいち報告しないだけで、消え去ったわけではない、ということはここに書いておきます。

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