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2010年11月の記事

2010年11月22日 (月)

就活くたばれデモ@札幌2010 「こんな就活もうイヤだ!!」呼びかけ文

いまさらながら就活くたばれデモのサブタイトルと呼びかけ文が出来たので、発表します。

いまさらながら転載歓迎ですw

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【就活くたばれデモ@札幌2010 こんな就活もうイヤだ!!】

早期化・長期化、うそつき合戦のES・面接、不透明な採用基準、地方格差、性別差別、学業を圧迫、なんだか自己啓発じみた就活セミナー、仕事のやりがい主義、やたら張り切る学生団体、商業化する就職イベント、リクルートスーツを着た学生の大群……

「就職氷河期」とやらを背景に、いまや大学生を中心とした就職活動=「就活」の現状は、なんだかとんでもないことになってしまっている。大学生の本分は、勉強・研究ではなく、就職活動になってしまったみたい。

「でも、この就活ってさ、なんかおかしくない?」……たぶん、あなたのそんな疑問は間違ってない。

日本の大学生の「就活」の現状は、新卒一括採用のようなものにしても、かなりグロテスクだし、別に合理的でもなんでも無い。本当はこんなことしなくたって済むはずじゃないの!?

と いうことで、昨年に引き続き札幌では、北海道大学などの学生を中心に、就活の現状に異議申し立てをするための「就活くたばれデモ」というデモ行進を企画し ました!昨年は、札幌と、それに共鳴した東京で。今年は更なる広がりを見せ、なんと全国同時開催(札幌、東京、大阪、愛媛)が決まりました。

就活デモ札幌の、主張の根幹にあるのは…

・  「もっとまともな生をよこせ!」

=不合理な就活システムで茶番を強いられ、さらには希望の無い労働市場にただブチ込まれるなんてウンザリだ!(もちろん、差別的な採用・雇用慣行についてもNO!)労働、教育、社会保障などを含めて、もっとまともな未来をよこせ!

・    「大学に自由を!」

=早期化が進む現在の就活の仕組みでは、自由に物事を考えるための勉強・研究よりも、「企業社会にいかに迎合し、適応していくか」ということの方が重要になりつつある。平日に選考があれば、講義も出られない!それって大学の自治としてもどうなの?そんな大学はNOだ!

これは、特定の機関に具体的な要求をするものではありませんが、就活の現状はおかしいし、それを積極的に変えることは決して不可能ではない、という前提でアピールをしていきます。「サウンドパレード」という形を通して、楽しみながら就活の問題提起をしていきましょう☆

☆詳細
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日時:2010年11/23(勤労感謝の日) 13:00集合→アピール開始、13:30出発、15:00終了(前後します)

集合:北海道大学 クラーク会館前
出発:北海道大学 正門
解散:大通公園 西4丁目

※参加費無料、雨天決行、服装自由(コスプレ大歓迎!)
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・どなたでも参加OKです。ただ街中で踊ってアピールをしたい!という方ももちろん歓迎。途中参加もできます。
・事前の連絡などは不要です!飛び入り歓迎!
・必要な持ち物はないですが、楽器やプラカード、目立つものなどがあると良いかもしれません。
・参加費は無料です。解散時にカンパをお願いするかもしれませんが、あくまで任意です。
・コースは事前に決まっています。コース画像を載せておくので参考にしてください。
・CDJを使ってのプレイになります。CDを持参して頂ければ何でも流します。当日はROCK,HOUSE,ELECTROなど色々とかける予定です。
・道路使用に関しては、事前に警察の許可をとっています。

今回のテーマは「就活」ですが、現在の就活について異議を唱えることは、「堅苦しくて生きづらい世の中なんてNOだ!!」ということにも繋がるはず。そうした不満や疑問を持っている方はぜひ!

就活に問題意識のある方も、就活について考えたことのない方も、どなたでも奮ってご参加ください☆

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☆(誤解を招きそうな点について)補足

就活くたばれデモは…
・就職すること、働くことを否定するわけではない
・就活している人を批判するわけではない
・「反就活」ではない(ただし、現行の就活システムは「くたばった方がいい」という認識)

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☆参考までに、就活の問題点リスト(一部抜粋)

・ 新卒一括採用→日本の就活を支える最大の雇用慣行。大卒時点で正社員になれないと、その後の挽回が難しい、一発勝負の不条理システム。

・地域格差(求人倍率の差、情報の差、交通費、時間)
→札幌なんかだと東京に面接受けに行くだけで、出費がバカにならない!

・  評価基準が不透明(「コミュ力」、「人間力」などなど、曖昧)
→なんで不採用になったかわからないから、落とされれば自己否定に走ってしまう

・  年齢差別、性差別、容姿差別
→欧米では、履歴書に年齢を書くこと、性別を書くこと、写真を貼らせること自体を禁止している場合もあるのに…

・  情報の一方向性(企業からの表向きの情報が大半)
→理想を抱いて入っても、結果はミスマッチで早期離職…

・   学業を圧迫→授業出れない。卒論にも集中できない…

などなど…

☆札幌 就活くたばれデモ@札幌

ブログ:http://blog.goo.ne.jp/tomato-saibai
アドレス:tomato-saibai@mail.goo.ne.jp

携帯:080-3532-6784(オオタキ)→当日の連絡はこちらに!

 

☆各地の連絡先など(おまけ)

〇東京 就活どうにかしろデモ(就活くたばれデモ@東京)
ブログ:http://syukatudemo.blog77.fc2.com/
アドレス:syukatudemo@yahoo.co.jp
ツイッター:@syukatudemo

〇大阪 ここがヘンだよ就活パレードin関西(就活くたばれ関西版)
ブログ:http://blog.livedoor.jp/kokohenshukatsu/
アドレス:kokohenshukatsu@gmail.com
ツイッター:@kokohenShukatsu

〇松山 就活したくないよぉ~☆パレード(就活くたばれデモ愛媛版)
ブログ:http://ehime-demo.jugem.jp/
アドレス:ehime.demo@gmail.com

〇mixi支部「就活がムカつく!」コミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4630019

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2010年11月12日 (金)

問題が燃え上がるとき、常に感性の火の粉が飛び散っている

 現在、就活くたばれデモの準備が着々と進んでいて、今日はデモの申請(というかデモコース調整)のために警察署に行ってきた。なんだか、去年やったときの担当者が僕のことをおぼえていて、「今の若い人は就職口なくて大変みたいだから、ガツンとアピールした方がいい」みたいなことを言われたw しかも「まぁここだけの話だから…」とか言われたので、こっそりここに載せておくw 就活くたばれデモは、警察官のウケもいいようであるw

 それはともかく…

 ここ最近、フランスでは高校生を含む若者が年金改革に反対してたり、イギリスでは学費値上げに反対する大学生たちが大規模なデモやら暴動(!)を起こしてるんだけど、日本では、ひっどい就職難(というか理不尽な就活システム)やら、ろくでもない労働環境やらがあっても、みんな大人しくしていて、これはなんなんだろうなぁと思ったりする。色んな人が指摘しているけれど、日本人は(特に若い人は)大人しい。これってなんなんだろう。今日はそのことについて、ちょっと考えてみる。

 僕がその理由、というか背景として考える事柄は(いくつもあるのだけど)、大きなものとして、感覚的な不満や疑問を口に出すことに、否定的な風潮というものがあるんじゃないか、と思う。つまり、何か不愉快な事柄や疑問があっても、それを「言っても仕方ない」として封印してしまうような感覚。

 今でこそ就活というものがはらむ問題点について、僕たちはだいぶまともな考察ができるようになってはいるけれど(たぶん前よりかはw)、就活くたばれデモを企画した当初から、就活というものの問題の所在をはっきりと見据えていたわけではない。

 

僕がデモ構想段階で考えていたのは、「就活ってなんかムカつくよね」というレベルのことだった。まわりの友人が、みんな就活のろくでもなさについて口々に言うので、「そうか、そんなにムカつくんだったら怒りをぶちまけてやろうぜ!」と思ったのだ。これがシンプルな理由。最初は、まだ就活を「問題」としても認識していなかったが、とりあえず怒りをぶちまけることにしたのだ。

 でも、こういう態度には批判が多い。就活デモについて、飛んでくるもっとも定番の批判は「代案はどうするの?(それがなきゃダメだよね)」というもの。これは、僕らが就活に関する確固とした代案を持ち合わせていないことを見るやいなや、途端に「ただのガス抜き」とか「ダダこねるガキと同じ」とか「そんなの大人は相手にしない」とかいう言葉を繋げていく。そして、そうした批判を投げかける人の心の中心にあるのは、「理性的であれ」という意識だったりする。つまり、「批判を行う以上は、冷静に理性的に分析し、問題の本質を見定め、そしてそれに対する代替案を提議しろ」という価値観。

 これを要求する、あるいは自明視しているやつらは、この国にはとてつもなく多いらしい。たぶん、僕らのデモを支持している人の中にも、「(代案はなくても)ただのワガママじゃなくて、ちゃんと考えて発言しているから、いいことだ」とか抜かす人はいると思う。「ただの感覚的な不満ではなく、理性的だから支持する」という態度。そこにある種の闇があるように思う。

 こうした態度は、「声を上げること」「行動を起こすこと」の全部じゃないと僕は思う。つまり、「理性的/冷静」に問題を分析し、提起する態度は一方で評価されるべきだけど、それ以外の「意味づけされない不満」を否定することはないんじゃないか、と

 それは理由がある。

 まず、行動しながら見えてくることがある、というのが一つ。特にデモの企画を人に話している段階で、非常に多くのことを考える機会があった。いろんな人に「就活に対する不満をぶちまけたい」(あるいは「ぶちまけてやった」)と話すと、それぞれの人がそれぞれの不満を話してくれる。それが集積されて、「不満・疑問」が「問題意識」に変わる。集まった仲間内で話している間に気付いたことも多かった。

 そして、その延長線上にあることだが、多くの人にアピールすることで、それだけ意見をもらい、考える機会が増える、ということ。たとえば、声を上げたことがメディアに取り上げられたりすれば、それについて反響がくる。その中には、僕たちの抱く疑問や不満をより上手い言葉で表現してくれる人もいるかもしれない。特に、こういう時にこそ、学者やら批評家やらのインテリさんに脳みそを稼動させてもらわないと困るわけである(あてにならない時/ヤツもたくさんいるわけだがw)。そして、そうした言葉から問題の本質や、その解決の糸口が見えてくる可能性も十分にあるのだ。

 つまり、「不満・疑問」という「感覚」は、それ自体が直接に問題を変えるというよりも、「問題意識」という芽を生やす種のようなもの、あるいは「問題意識」を燃え上がらせるための、火種・火の粉のようなものと言えるのではないだろうか。

 だから、僕はあえて言うのだけど、「こんなこと考えてもしょうがないよな」なんて言わないで、「もしかしたらこれって変えられる問題なんじゃ…」と思って、自分達の不満を口に出してみることにも大いに価値があるはずである。お利口さんになって、縮こまってもいいことないぜって話である。ウダウダ言ってないで街頭に出て、僕らのデモに参加しろってことだ。 以上!w

 


 





 (…なんていうお利口さんじみたことを書いてしまったが、感情を爆発させる・素直に表現することの最大の意義は、「たのしいから」ということに他ならない。感情を爆発させること全般は、「生産的w」でなくたっていいのだ。「ストレス発散、ガス抜き上等」である。ただ、一ついえるのは、その際に自分の体や心を痛めるよりかは、表にぶちまけてやった方がスッキリする部分はあるぜ、ということ。そして、なるべくなら人を傷つけないような形でやることが望ましい。だから、ぶちまける矛先については考える余地があるかもね。その辺は宿題。みんなも考えてね)

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