« 「私たちはここにいる!!」――今年の自由と生存の連帯メーデーのこと | トップページ | 窮屈な大学なんかクソくらえ »

2010年4月24日 (土)

またしても「つぶやく」について

 前回のエントリーを書いてからもう十日以上経ってしまった。だけど別に死んでいたわけではないw 4月に入ってから、ついに大学に復学してしまったのだから、そりゃあ前よりは忙しいに決まっている。いまは、授業もあるし卒論の準備もある。それに(前も書いたけど)今はインディーズ・メーデーの準備をしているので、それが忙しい。先日もデモの申請に警察署に行ったり、公園課に行ったりしていたのだが、こんなことにばかり時間を費やしている学生ってなんなんだろうと思うw  いや、これが勉強なんだけどさ。

 まぁそれはともかくとして、前にも書いたように、最近ツイッターにてちょこちょこと感じたことなどを書いたりしている。まぁ大したことは書いていないのだけれど、(良くも悪くも)自分の感情を表現するのが好きな僕としては、かなり楽しいツールとして機能しているように思える。

 で、まぁ色々と「つぶや」いているのだけど、最近はそれだけに留まらず、人との繋がりが出来たりするこのシステムに興味を持っている。僕は主に就活について批判的な意見を持っている人や、経済・雇用、それから社会保障、社会運動系の人たちをフォローしているのだけど、予期せずその輪が広がり、知らない人の「つぶやき」を目にするようなことがある。ツイッターをやってない人には分かりにくいと思うけれど、自分のホーム画面に自分が普段チェックしてない人の「つぶやき」が表示されるために、思わず知らない人の「つぶやき」を目にする、ということだ(RTなど)。まぁツイッターを知らない人は、実際にやってみてくれw

 

 だから、これまでであれば全く知り合うこともなかったような人のコメントをふと目にしたりする。さらに、メッセージを交換したりすることの敷居も低いので、そのコメント一つから意見の交換が起こったりするということが、かなり日常的に起こる。これはすごいことだ。「有名人」でもツイッターのアカウントを取得している人は多いので、(僕はあまりやらないけれど)そうした人に対して直に意見を送ったりすることも可能。

 

 それで、最近はそうしたところから知り合った(?)人とメールを交換したりすることもある。きっかけはちょっと前に書いた文章。前にもこのブログで書いたが、弘前大学の学生の方に「就活デモのことについて書いてくれ」と頼まれて書いた文章のことである。あの文章、頑張ってわりと長めに書いたのだが、このブログなどでも公開しておらず、もったいないので、ツイッター上で「読みたい人はメールください!ファイル送ります」と売り込んでいた。それで、そのコメントを見て「読みたい」といって連絡をくれる人などもいるのだ。これはちょっとうれしい。まぁ中身を見ないで「読みたい!」と言うのだから、評価されてるのかどうかはよくわからないけどw、なんも相手にされないよりかはマシ。それで、そういうところからなんだか人との繋がりが出来たりするということは、なんというか可能性のあることな気がする。

 なんかもっともらしいことを書こうと思っていたのだが、なんだか言いたいことと、この話がダイレクトに繋がらなさそうだからやめようw ツイッターでまとまりのないことを書くのに慣れすぎて、まとまった文章を書くのが苦手になってしまったのだとしたらまずいけれど…(汗

 まぁ別にブログだって、しっかりした文章ばっかり載せる場所でもないし、いいか。ということで今回はオチもなんもなし。ただ「ツイッターってなんかすげえよ」ということが言いたかった。僕のツイートに興味ある人は、@sunset_strip028をフォローしてください。よろしく。

 

 ※補足

 上の文章だけだとあまりに頭悪そうなので、思考の断片を書き記しておく。ツイッターのすごいところは、要するに自分の考えたことや感じたことを様々な人の思考を介して練り上げることに適している、ということなのではないかと思う。

 例えば、完全に体系立った理論を展開しなくても、その「種(タネ)」になるようなきっかけさえ転がしておけば、そこから刺激を受けたり、想像を膨らましていくことがいくらでも可能なのだ。見知らぬ他者のことを突然知ったりする(見知らぬ他者に突然知られる)こともあり、アイディアが予期せぬ進化を遂げることもある。別の言い方をすると、発言がどのような過程を経て、どこに行き着くかが分からない(そもそも終着点があるのかは謎だが)、そのことにこそ価値があるのではと思う。それに引き換えmixiは、日記の公開範囲を細かく調整することが可能で、理性(主体性)で持ってコントロールしようとしている節が多分にあって、ツイッターとはまたちょっと違う。

 もちろん、インターネットという中心のない媒体自体が、そうしたネットワーク的な性質を強く有しているのは間違いないが、中でもツイッターはそうした側面を特に生かしたサービスな気がする。

 集合性と匿名性、脱中心化と不完全性、主体の解体。なんか分かるような分かんないような、こうした(現代思想系の)言葉が一つのキーワードなのかも。津田先生の本でも読むか…

|

« 「私たちはここにいる!!」――今年の自由と生存の連帯メーデーのこと | トップページ | 窮屈な大学なんかクソくらえ »

日記的なもの」カテゴリの記事

コメント

いわゆる、広義の意味での「ソーシャルネット」という概念ですね。
津田大介さんはその辺りの話題に明るいので、確かに著書を読むのは良いかも。
もはや、「所詮ネットの繋がりだろ?」と馬鹿にできないものです。

投稿: Mt_Ishi | 2010年5月11日 (火) 18時49分

>Mt_Ishi さん

コメントありがとうございます。

>もはや、「所詮ネットの繋がりだろ?」と馬鹿にできないものです。

そうだと思います!
お年を召されている方には分からない話かもしれませんが、もはやネットというのはバーチャルでもなんでもないんですよね。

それを介して色んなことができる。色んな人とつながれる。
だからネットは為政者にとって脅威なんでしょう。そこに可能性があります。

あ、津田さんの本はぜひ読んでみまーす!

投稿: O瀧 | 2010年5月13日 (木) 17時18分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1235827/34360727

この記事へのトラックバック一覧です: またしても「つぶやく」について:

« 「私たちはここにいる!!」――今年の自由と生存の連帯メーデーのこと | トップページ | 窮屈な大学なんかクソくらえ »