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2009年7月の記事

2009年7月27日 (月)

北大大麻問題研究会とはなにものか

僕はこのブログでもさんざん書いているように、日本の大麻を取り巻く現状に非常に不満がある。

「なんで日本の大麻取締法はあんなに厳しい罰を設けているのか」

「なぜ厚労省は、科学的な根拠もないのに『大麻は危険である』という情報を発するのか」

「なぜ、マスメディアは日本とは違う海外での『大麻事情』を報道しないのか」

大体、そんなことをいつも考えている。

で、その状態の一番の問題は、ともかく「一般の人々の大麻に関する知識が不足している」ということである。

ということで

「大麻なんてのは大したものじゃないんだ」

という認識を多くの人に持ってもらいたい、と僕は考えている。

先月、そうした様々な不満を解消すべく「北大大麻問題研究会」(あさけん)なる団体を作った!

これは、僕が友人と三人で立ち上げた団体で、活動目標は主に二つ。

一つが、大麻に関する正しい知識の普及。

そして、もう一つが(大麻擁護論含む)言論の自由の確保である。

知識の普及はともかく、なぜ「言論の自由」が出てくるかと言うと、大麻の問題と言うのは、大麻に関する誤った知識が跋扈している一方で、それに反対する声があまりに少ない状況に問題がある。もっというと、「大麻は危険なものじゃない」ということを大きな声では言えないような圧力(空気)が社会的に蔓延していることが問題なのである。ヒトラーは「大衆は、小さな嘘より大きな嘘にだまされやすい」という言葉を残しているが、大麻はまさにそのいい例である。

実際に、この会を立ち上げる前に「We Need 大麻カイキン」と書いた手書きポスターと、「目指せ、大麻取締法改正!」と書いたポスターを北大文系棟の掲示板に貼ったところ、どちらも翌日にはもうはがされてしまったのである。

一体、誰がそんなことをするのか分からないが、地味で行動力のない北大生がそんなことをするとは思えないので、おそらく大学当局などによる「犯行」だと思われる。

しかし、本来的に言って、日本には言論の自由が認められているはずであり、そうであれば仮に大麻が法律で禁止されていようとも、それに反対する(つまり、その法律自体に反対する)主張であっても認められるべきはずである。変な話、「大麻を解禁しろ」ということもいえないで、何が言論の自由かとさえ思う。

また、前にもこのブログで書いたが、僕は先日の北大祭の「政治主張禁止」条項にも大きな危惧を抱いていた(北大祭の「政治主張禁止」はダメ!ゼッタイ!)。そのため、「北大内の言論の自由はどうなっているんだ」と考え、それを守るためにも行動しなければいけないと思ったのである。(「行動しなければいけない」などと書くと堅苦しいが、大体問題というのは起きた後から「あのときこうしていれば」と考えるのがいつものことで、大事になってしまう前に対処するのが一番なのである)

ともかくそうした意図で、この会を作ったわけである。

近々、チラシを大量に刷ってまく予定。

興味のある方は、あさけんのブログをごらんいただければと思う。会員募集中である。

→あさけんの「大麻ってそんなに悪いものじゃないよ」blog http://ameblo.jp/nograssnolife420/

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2009年7月19日 (日)

大麻について知るための三冊。

今回は大麻について取り上げた本を何冊か紹介する。厚労省の発信する似非知識にまどわされないためにも、こうした知識は必要であるので、参考にしてほしい。

大麻入門 (幻冬舎新書) Book 大麻入門 (幻冬舎新書)

著者:長吉 秀夫
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

始めにとりあげるのは、今年の初めに出版された幻冬舎新書の本書。日本では「有害な麻薬」として認識されている大麻が、実は吸引などの使用をしても大きな害はないということや、繊維素材として日本の歴史と縁深いこと、また医療やバイオエネルギーなど様々な用途で有用な植物であるということを明らかにしている。

大麻取締法成立に関する歴史的な経緯も述べられているので、タイトル通り「入門」としてふさわしいかもしれない。

特に海外での「ハームリダクション」についての記述が載っていることが素晴らしい。ハームリダクションとは、社会で生活する個人が、社会的な被害を受けないで済むためにはどのような方法が有効かを考えて、対策をとるという概念である。

例えば海外(欧米)で大麻の取り締まりがゆるいのは、「大麻使用や所持によってもたらされる害よりも、大麻所持などで逮捕されることによって生じる社会的な被害の方が大きい」という判断による。大麻の所持などで逮捕されてしまえば、何の社会的な問題も起こさずに生活していた個人の人生を破綻させてしまう可能性が高いからである(日本の大麻取締法はその点で対照的である)。他にも、ヘロインを使用するものが一定数いることを考慮して、繁華街で注射針を配って(回し打ちによる)感染症を防ぐ方法などもある。

日本では、避妊や性感染症を防ぐための方法を学校で教える性教育がこれにあたる。これについて、「寝たことを起こすようなことをするな」と反対する意見もあるが、実際に性行為に及ぶ高校生などが一定数いることを考慮すれば効果的な対策といえる。

日本におけるドラッグ対策は、基本的に「ドラッグをやるとこんなに危険なことがある。とにかくドラッグには手を出すな!ダメ・ゼッタイ」というように、恐怖を煽って遠ざけるという手法だが、これは実は実際に手を出してしまう人間が被る害のことを考えていないという意味で子供だましに近い。言うなれば「未成年でセックスをすると頭がおかしくなる」と吹き込むのと同じくらい愚かな政策なのだといえる。

ちなみに、「大麻の『麻』は麻薬の『麻』である。だから大麻は麻薬なのだ」という言説に対して、元々は麻薬の「麻」の字は、やまいだれに「林」という字をあわせた「痲」(「しびれる」という字。おそらく「麻痺」の「麻」の字はこの字だったはず)を使っていたが、1949年に定められた当用漢字のルールに沿って「麻薬」と表記されるようになったのであって、基本的には全く別の字であると書いているのは興味深かった。

大麻ヒステリー (光文社新書) Book 大麻ヒステリー (光文社新書)

著者:武田邦彦
販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』『偽善エコロジー』などが売れている著者の近著。これもごく最近出版されたばかり(2009年6月)

科学的見地から大麻を取り巻く日本の状況について異を唱えている。主な内容は、大麻取締法が成立することになったきっかけや科学的なデータの紹介、大麻と日本人の歴史などで、多くの内容は『大麻入門』と重複しているので、この本も大麻の入門書としていいかもしれない(ただ、個人的には『大麻入門』の方がオススメ)。

また、大麻取締法がかなり非合理的な法律であることをマスコミや司法が正さないのは殆んど職務怠慢であると言及していることは共感を持てた。

ただ、個人的には武田氏のまわりくどい文体や妙な知識をひけらかすような書き方がうっとおしく、あまり好きではない。特に「日本の美しい伝統・文化としての大麻」のような大麻の恣意的な位置づけについては、あまり共感できなかった。大麻取締法がアメリカ(GHQ)による押し付けの結果として成立したことに対する反感からか、大麻擁護論者の中には、ナショナリスティックな意識が見られることは注意を要する(中山康直氏など)。

マリファナ青春旅行〈上〉アジア・中近東編 (幻冬舎アウトロー文庫) Book マリファナ青春旅行〈上〉アジア・中近東編 (幻冬舎アウトロー文庫)

著者:麻枝 光一
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

日本発の大麻グッズ専門店である「大麻堂」店主である「麻枝光一」(本名:前田耕一)氏の若かりし日の旅行記。

内容は簡単に言うと、世界中(アジア、中東、北アフリカ、南米アメリカ大陸)を旅行し、そして行く先々でマリファナをはじめとする様々なドラッグを試した体験記。時代はかつてバックパッカーが流行した80年代ごろのようである。

麻枝氏が愛用するのは大麻(マリファナ及びハシシュ)であるが、その他にもアヘン、ヘロイン、コカイン、マジックマッシュルーム、LSD、スピード、幻覚サボテンなど、ともかくその地で出会う様々なドラッグを使用してみる。そしてそれぞれのドラッグがどのような効果をもたらすのか、その様子が本書には詳しい。

この本は、元々は第三書館というかなりアウトローな(というかアナーキーな)出版社から発売された本で、現在容易に入手できるのは幻冬舎アウトロー文庫版である、というとなんともアウトローなイメージがあるが、かなり実用的なものであると僕は考えている。

先の『大麻入門』でも書いたが、それぞれのドラッグがどのような効果、弊害があり、もし使う場合にはどのような点に気をつけて使うべきであるといった知識は、実は実用的なものだからである。

例えば、日本の覚醒剤である「シャブ」は快感も強いが、その反動としてのフラッシュバックや妄想・禁断症状がひどいため、ドラッグ愛好家でも「シャブだけはやらない」というものがいる、という話などは非常に有用な情報であるといえる。

ちなみに、この本を読むとすごく海外旅行に行きたくなる。ちょっと異色の海外旅行記としても十分楽しんで読むことが出来る。

※※※

大麻について日本人が知るべきことは、一つにその使用が必ずしも有害ではないということ、二つに海外ではその使用や所持が厳しく罰せられる国は少ないということ、三つに医療や産業で大きな可能性を秘めたものであるということだろう。

「危険」「ダメ・ゼッタイ」だけでは何も問題は解決しないどころか、公的な情報に対する信頼性すら失ってしまうのではないだろうか(それが情報リテラシーを得る一つのきっかけになりうるのかもしれないがでもあるかもしれないが)。

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2009年7月16日 (木)

北大祭の「政治主張禁止」はダメ!ゼッタイ!

先月の頭、北大では北大祭が行われたのだが、今年の北大祭では「政治・宗教に関係する企画は禁止」なるルールが導入されて波紋を呼んだ。
大学いわく、

「昨年、特定の宗教団体が来場者に対して勧誘行為を行い、それに関して苦情を受けたので、その対策のため」

といったことが理由らしい。
これについては、北海道新聞で主に批判的な(「それってどうなのよ」といった)記事が何度か載せられていたし、また大学教員側からも法学部の山口二郎氏などを中心に批判の声が上がっていた。

結局、決定は覆らず、北大祭は終わった(僕は友人と勝手に空きスペースを使って踊りまくっていた)。
農学部自治会などは開催前からこの条項に激しく反対をしていたが、事態が変わらなかったために引き続き抗議をし、公開質問状を提出、さらに今月の23日にも元学長らと検証集会を行うという。
僕がこの「政治主張禁止条項」の情報を入手したのは大学祭直前か学祭の期間中だったと思うので特に反発しなかったが(休学していて大学に行っていないので情報をキャッチするのが遅かったのだ)、これは大いに問題がある、というかゼッタイ撤回するべきものだと思う。

なぜか。

もちろんまず第一には、言論の自由の上で問題である。

特に、大学というのは異なる意見を持つものが、その意見表明をし、それを元に議論を重ねることで、相互理解を深めたり、自分の考えを固めることを重視する場であるので、そこにおいて、政治主張を禁止するというのはもはや暴挙としか言いようがない。

大学の主張は「宗教勧誘を禁止するため」ということで、これについては大学内におけるカルト拡大の問題があるので、一理ある。しかし、そこから政治主張まで全て禁止するのはおかしい。これは農学部自治会が「論理の飛躍である」と指摘していることだが、一般的には最もな指摘である(ちなみに、「宗教とは何か」ということを突き詰めると、は政治思想=イデオロギーと宗教の区別は不可能である。なので、もし宗教を取り締まるのであれば、問題を起こした団体のみ禁止にすれば済む)

学生の自由を奪った大学には大きな罪がある。

しかし、おそらくこの問題の本質には、「政治主張とは何か」という問いが関連している。僕は思うのだが、「政治主張」として一般的に想像されるもの以外にも政治主張の形態は様々にありうる。にも関わらず、それらを許可し、一方の直接的な主張を「禁止」するのは非常に偏ったものになりうる。

どういうことか。

まず、これについて説明する前に、一般的に「政治主張」という言葉においていかなるものが想定されているかを考える必要がある。それはおそらく「一定の思想に基づいた発言をしたり、示威行動を行うこと」といえるだろう。つまり、「グローバリゼーション反対!」とか「憲法九条改正!」いった内容を口にしたり、何らかのメディア(例えばポスターやチラシ、ブログ、ラクガキなど)に載せて発信するという行為である。

しかし、実際には「政治主張」とはそうした枠に収まらない様々な形態を持っている。これには「思想とはなにか」ということから考えないといけない。

その際に参考となるのが、フランスの政教分離政策である。

フランスではフランス革命以来の伝統のためか、政教分離が厳格に行われているが、ここ近年はそれが強化される傾向にある。具体的には、学校などの公的な場所において、特定の宗教のシンボルとなるようなもの(イスラム教女性徒のスカーフ、大型サイズの十字架など)を身に付けることを禁止するといったもので、シラクが大統領をしていた2003年に実施された。しかし、これに反対してスカーフの着用などを行ったイスラーム女性が批判されるなどして、信教の自由と政教分離の概念が大きく取りざたされた。そしてこれは現在も行われている。

一見すると、こうしたルールの下ではいっさいの宗教的シンボルを追放することで、宗教的中立を保っているように見える。

しかし、ここではある事実が見逃されている。

それはそもそもフランスというのはヨーロッパ的な旧教(カトリック)の伝統・文化の上に建てられた国だということである。そこでは、意識的に宗教と繋がるものを排除しようとしても、彼らの生活の中には不可避的にそうした要素が(道徳などのレベルで)入り込んでいる。そのため、彼らが「一定の宗教を想起させるものを排除することで中立な空間を」と唱えたとしても、そこには必然的にカトリック的な道徳規範の残像が現われうるのである。
そして、そうしたカトリック的伝統に基づく道徳が前提となっている社会において行動するということは、そうした宗教的道徳規範を再生産するということでもある。

例えば、フランスのレストランにおいてイスラームで禁忌とされる豚肉料理を食べることは、宗教的に見て中立だろうか(厳格なムスリムにとっては、豚肉を平気で食べるフランス人の姿は耐え難いものであるかもしれない)。

つまり、「全て排除」の果てにあるのは政治的・宗教的な中立ではありえない。そこではその社会の多数派の価値観が再生産されているのである。そして、その再生産というのは、少数者の視点からすれば示威行動に他ならない。

つまり、誰もが(無意識的だとしても)何らかの思想に基づく行為(主張=メッセージの発信)を行っているのである。

作家の佐藤優はジャーナリストの魚住昭との対談の中で、

「当たり前だと思っていることこそ『思想』で、ふだん私たちが思想、思想と口にしているものは『対抗思想』なんです」(『ナショナリズムという迷宮』 2006年)

という指摘をしているが、これも意味するところは僕が今述べたことと同様である。フランス人の持っている道徳規範や、それに基づく行為は「思想」の示威であるとは見なされないが、実際には宗教的思想であるし、それに基づいた行為である。しかし、イスラームのスカーフ着用は、フランス人にとっては明らかな「宗教行為」と映るので(「対抗思想」であると見なされ)禁止の対象となる。

つまり、思想とはどこにでもあり、主張とは誰もが(無意識に)行っていることなのである。

前置きが長くなってしまったが、ではそうした前提の下に北大の「政治主張禁止」について考えると、どのようなことがいえるだろうか。そこでは、まず一つに「政治主張禁止」というのが一つの主張であるということである。そのスタンダードがそもそもにして一定の思想の示威といえる。一つのルールの下に個人の行為を規制すること自体が、政治的中立であるはずがない(例えば、こうした大学などで発せられる政治的言説というのは往々にして政府などの権力者批判だが、そうした言葉が封じられること自体が政府にとって都合のいい状況を生み出している)。

しかし、もっと指摘したいことがある。

実は僕が今回の大学祭の中で、「コレはないだろ!」ともっとも強く思ったのは、工学部祭だった。北大祭は学部ごとに催し物があり(行ってない学部もあった)、工学部でも展示などが行われていた。その展示の中で、「原子力オープンスクール」というものがあった。

内容は見ていない。

だが、原子力について研究し、それについての実用化を目指すことを「是」として展示がされていたであろうことは間違いない。だとすれば、それは先に説明した原理からすれば「政治主張」にあてはまる。「政治主張」は、はっきりと形をとらずに、確かに北大祭の中にあったのである。

しかし、ではそこで「原子力反対!」などと言えば、それは「政治主張禁止」の対象として取り締まられるのである。

こんなバカげた話はないが、これこそ「政治主張禁止」の正体なのである。

実はこの長い前置きも、この工学部の一件を批判したいがためのものだった。
ともかく、今回の北大祭の規制は、大学としてあってはならないものであると考えるので、この問題の動向については注視したいと思っている。来年も同じような条項を作るつもりであれば、容赦しないつもりである。

P.S.

ちなみに、工学部のように「賛成」とか「反対」とかいうことをはっきりと口にせずに何らかのアピールが出来れば、それは認められるんだろうと思う。たとえば、全然普通のクレープ屋なのに、店の名前が「くたばれ自民党クレープ」(もちろんでっかい看板が出ている)とか、普通のコーヒー屋のフリして「コーヒーショップ・アムステルダム」とか名付けてみたり(分かる人には分かる)。もしくは、この「政治主張禁止」ということを皮肉って「政治主張禁止お好み焼き」をやってもいいかもしれない。スタッフは全員大きく「×」と書いたマスクをして店番をするとか(まぁお好み焼きである必要は全くないが)。

カルチュラル・スタディーズの文献を少しでも読めば分かるが、規制や禁止があるときこそ、人間の想像力はきらめくのである。希望はまだまだある。

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2009年7月15日 (水)

北大が総合入試導入へ

学部選定は入学後に=北大が総合入試導入へ

 北海道大は14日、2011年度から入学後に学部を選定する総合入試を導入すると発表した。学部で学ぶ内容が十分に分からないまま入学して、希望と合わずに退学する学生を減らすとともに、進路決定のリスク低減で優秀な学生を集めるのが目的。文部科学省によると、学部別でない入試制度は、旧帝大では東大のみが実施しており、全国的にもあまり例がないという。
 学部別入試も並行して実施し、総合入試では文系総定員の16%に当たる100人、理系は約55%の1027人を募集。1年生は全員、総合教育部に所属し、文系か理系いずれかのカリキュラムに沿って学ぶ。この間、新たに置かれる「アカデミック・アドバイザー(仮称)」により進路指導を受け、実態を詳細に把握した上で2年生から各学部に進む。(2009/07/14-18:12)

引用元→「時事ドットコム」 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009071400746

だってさ。というかこの話は知り合いの人から聞いたので、一年ぐらい前から知っていた。

どんないいことがあってどんな悪いことがあるのか、ちょっとよくわからないけど、個人的にはいいのではないかなと思う。

受験生と言うのはその学部に入ることでどんなことができるのかということよりも、とりあえず難関大学を目指す、みたいな傾向があるので、入学してからやりたい学問を選択する余地がある方がいいのではないかと思うので

僕は文化人類学がやりたくて文学部に入学したわけだけれども、そもそも北大文学部に入学して本当に人類学の勉強ができるのかよくわからないわけで入ったぐらいだし。

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2009年7月14日 (火)

小熊英二の新作が読みたいではないか

1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景 1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景

著者:小熊 英二
販売元:新曜社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

小熊英二の新作が発売された…!

アマゾンの解説によると、

「あの時代」から40年。あの叛乱は何だったのか。時代の政治・経済状況から「全共闘世代」の文化的背景までを検証し、「あの時代」をよみがえらせる。60年安保闘争から日大闘争、安田講堂攻防戦までを描く上巻。

とのこと。

別に安保の時代を理想視する気は全くないけれど、やはり日本の歴史に残る「政治の季節」。ここは押さえておきたい。

(ちなみに今日、右翼青年・山口二矢による社会党首浅沼稲次郎暗殺を描いた沢木耕太郎著『テロルの決算』を読み終えたのだが、この「政治の季節」にいっそう関心が沸いた)

これはなんとも読みたい…読みたい代物ではないか…!

ところで、なんというか小熊英二はすごい人なんだろうと思う。どこがって、まず経歴が。

名古屋大学理学部物理学科を中退し、東京大学へ入学。その後、1987年に東京大学農学部を卒業して岩波書店に入社(1996年まで在籍)。当初は雑誌『世界』編集部に在籍したが、営業部へ異動になった後に休職して、東京大学大学院総合文化研究科(国際社会科学専攻)に在学し、1995年に修士課程を1998年に博士課程を修了した。1997年に慶應義塾大学総合政策学部専任講師

別に学歴とかブランドとかを礼賛するわけじゃないけど、やっぱり文系の学生としては「岩波書店」というのは知の象徴というか、ともかく憧れるものがあるのは確か。

そこから東大の大学院に入学し、修士論文として主著『単一民族神話の起源』を上梓したのは有名な話。

あれが修論ってどういうこと?!

しかし、この本上巻だけで1000ページ以上あるって、本読むのが遅い僕では、永遠に読み終わらないのではないかと絶望してしまう…。

てか

値段高くないですか…?!(¥7140)

まぁ古本で買うかな。

それにしても、この表紙の女の子に萌えませんか?w

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2009年7月 8日 (水)

大麻と成田さん--大麻の医療使用について

ナリタケンイチさんと言う方が、大麻取締法に立ち向かっている。

詳しくは、氏の立ち上げた医療大麻解放戦線(名前がカコイイ!)に書いてあるのだが、彼はクローン病という難病に体をおかされ、その治療のために大麻を使用していた。

しかし、2008年の11月、安全な日本のひまな警察官に大麻取締法違反で逮捕されてしまう。

だが、彼は「自分の大麻使用は、あくまで医療目的であり、生活のために必要な行為である。それを妨げる大麻取締法の方が間違っている」と主張し、裁判で徹底的に争うことを決意する。

ここでまず大麻について無知な日本人が注目するべきことは何か。

それは、

大麻は医療使用できる

ということである。

これは大麻を取り巻く問題の中でももっとも重要度が高いといって差し支えない。

大麻の医療使用とは文字通り、病気の治療のために大麻を使う、ということである。日本では知られていないが、大麻には医療使用で効果があるということが医学的に認められている。

効果があるのはHIVやがん、多発性硬化症、緑内障、その他の様々な病気に対して。モルヒネも効かない患者に対して痛み止めとして効果があるという例もあり、その可能性ははかり知れない。

事実、アメリカ、カナダ、オーストラリア、それと多くのEU加盟国では医療目的での大麻使用を一定の条件下で認めている国が多い。

例えば、カナダでは下記のカテゴリーに属する人々に、医療大麻の所持を認めている。

1、末期的症状を持ち、予後が12ヶ月以内のもの。

2、多発性硬化症、脊髄損傷や疾患による激痛や継続的な痙攣を持つもの。がんやエイズ・HIVによる激痛や食欲不振、激しい吐き気などがある者。

3、重症の関節炎による激痛や癲癇発作を持っているもの。

とのこと(長吉秀夫『大麻入門』より引用)。

しかし、日本では大麻の医療における使用は全く認められていない。

何故なら、日本の大麻取締法はいかなる場合であろうと大麻吸引などの使用は認めていない(禁止している)からであり、医療のための研究であっても例外ではないのである。

そのため、実用化する以前に、臨床実験すら行われていない(行えない)というのが現状なのである。

(というか、日本では「大麻→ドラッグ→ダメ・ゼッタイ」という図式が強固なため、大麻について議論すらされていない)

これによって被害をうけるのは、病気を持った当事者である。

冒頭で書いたナリタさんの例はまさにその典型である。

大麻を嗜好品として使う場合には、

「別に吸わなきゃいいだけじゃん」

ということで片付けられる場合もあるし、それはそれで一理あるが、医療使用に関しては、それでは済まない。場合によっては人命に関わる問題である。(最近、話題になっている臓器移植の問題とも全く無縁ではないだろう)

成田さんの裁判を通して、日本人の大麻に関する意識や大麻取締法が動いていったらこんな素晴らしいことはない…!まさに日本の大麻解禁の歴史に残る裁判となるだろう。

がんばれ、成田さん!応援してます!

日本の大麻の未来はあなたにかかっています!

「医療大麻解放戦線」→http://www.iryoutaima.org/at1st.html

「医療大麻解放戦線ブログ」→http://ameblo.jp/iryou-taima/

「@niftyニュース」(いつも「いい記事」を書く『週刊朝日』の医療大麻に関する記事が載っています。必読!)→http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090617-01/1.htm

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