2016年2月26日 (金)

「失業者のストライキ」について

「atプラス」という雑誌があるのだけど、それがリニューアルされたとかなんとかということで買ってみた。

買おうと思ったきっかけは、山口智美・北田暁大の「行動する女たちの会」の話やら、ブレイディみかこの欧州の革新政党(というのもどこか古めかしい言葉であるが)の情況についての報告、それから蟻鱒鳶ルの岡啓輔の話などがおもしろそうだなというのもあるが、特にアナキスト研究者、栗原さんの文章である。

栗原さんの著作については前回も載せたが、就活デモを初めて行った後ぐらいからの友人でもあり、去年も札幌で一緒にイベントをやった。


栗原さんの文章のタイトルは、「失業者のストライキ」。サブタイトルは、「われわれは、どこにでもひきこもれる」。

この文章では、今の働き方を中心として我々の生き方が問われており、その対抗策として、「正社員として働く、みたいな、この社会のメジャーなあり方から離脱すればいいじゃん」ってなことが書かれている。うむ、それは良い。

それは良いのだけど、「働くことからの離脱」の文脈の、実はけっこうな部分で就活デモのこと(というか僕の書いた文章)が言及されていることに、買ってから気づいた。なんだよ!こんなに載ってるんだったら一言教えてよ!笑

まぁ、それは良いのだけど、ここについてちょっと補足というか訂正をしておきたい。

というのも、そもそも就活デモは(必ずしも)「働かないぞ」というアピールではない。

基本的には、就活に代表される、若者の置かれてる情況をもっとなんとかしろやっていうアピールであり、「改善」を求めるものである。だから、基本的には「もっとマシな働き方、生き方を」ってことであって、「働かないぞ」を前面に押し出したわけではない。

だから、僕からすると、栗原さんの文章は「働くことからの離脱」という文脈に回収して就活デモを論じているという意味で、ちょっと牽強付会の感がある。比率で言うと3分の2ぐらい。

しかし、そうは言っても3分の1ぐらいはまぁ合ってる。

どういうことかというと、就活デモは基本的には「改善」(=「もっとマシな就活を」)を求めているが、それと同時に、「こんなもんやってられるか」という「現状への根本的な否定」の意味もある。ややこしい言い方をすれば、就活デモは「働かねーぞ」を多義的に、暗に内包しているのである。


栗原さんの文章は全体的に極論みたいなことを提示して賛否を煽るというところがあるので、細かい指摘をしてもあまり仕方ないのかもしれないけれど。とりあえずメモまでに書いておく。


ちなみに、栗原さんが引用している僕の文章自体は、もっともっとナイーブで、微妙なことを書いているので、興味を持った人は下からダウンロードできるので、直接読んでみて欲しい。長いけど。

社会運動としての就活デモを振り返る(pdf)


おまけ:
僕自身、ここ数年は目立って何かを書いたり行動したり、ということはしていないけれど、それはそれとして普通に(?)生きており、かつ何かの現場に携わっているつもりではある。いちいち報告しないだけで、消え去ったわけではない、ということはここに書いておきます。

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2015年6月21日 (日)

いまさらながら告知してみること

 告知がどうこう以前に、そもそもこのブログを更新するのが何百万年ぶりだって感じだし、そもそもまだ生きてたのかって感じかも知れないが、ちゃっかり僕だって生きながらえているのである。


 いまさらながら感丸出しではあるのだが、地味に出版物に名前が載ったので、そのことを報告してみる。


 一つは、アナキズム研究をしている若手研究者である栗原康さんの著作『学生に賃金を』という本。この中に「さよなら就活、夢の大学」みたいな最高なタイトルの座談会記録が収録されているのだが、その座談会にちゃっかり僕も参加している。

 これは、友人のなべこ氏が、学費奨学金問題に取り組んでいる関係で、この座談会に呼ばれていて、「O瀧さんもついでに行きましょうよ」と声をかけてくれたので、ついでで参加したのである。というか、栗原さんはもともと友人であるし、これは行くしかないと思って参加した。行ってみるとうさんくさい人たちが集まってて、かなり楽しかった。僕は就活デモの関連で、大学についてなにごとかをごにょごにょ語っている。

 ちなみに「学生に賃金を」というのは、70年代のイタリア・アウトノミア運動において提唱されたスローガンで、時代の変化とともに労働の形態が変化する中で、大学生が労働者としての性質を帯びるようになった事態を強く告発する言葉として出てきた。早い話が、「うちらの勉強していることって、好きにやってるわけだけど、同時に社会の要請の中でやってるわけで、少しはカネ出てもよくね?」という話で、特に学費の無償化のための運動として訴えられた。学費はタダにしろ。さらに分け前をよこせ。そういうわけである。

 昨今、何かと話題を集める学費・奨学金問題について、単に「それひどいよ」というだけではなく、もっと掘り下げたところで「なぜ大学はタダでなければならないのか」というところを考えている。借金たくさんしょい込むのはつらいが、実務的な解決策にとどまらない、思考のラディカルさが、生活の豊かさとどこかでつながりうるのではないか、とか考えつつ。


 それから、もう一つの出版物の話。


 これは、「ついでで座談会に参加しました」というよりも、もっと踏み込んだ案件で、僕が書いた長ったらしい文章が雑誌に載りました、という話。媒体は、『情況』という雑誌の3・4月号。もう二カ月ぐらい前に発売された雑誌の情報をいまさら書くっていうね。すごいよね。タイトルは、「社会運動としての就活デモを振り返る」。


 2009年から始まった就活デモの動きについて、あくまで僕の視点からではあるが、一つの総括をしている。就活デモ自体は、震災前から始まった動きではあるが、震災後の社会運動などをちょろちょろ考える一つの視点にもなりうるのではないかとも自負している。

 で、長ったらしく書いたのはいいんだけど、長ったらしく書きすぎたせいで、出版ギリギリになって「これ長すぎるから削って」とか言われまして。「はい?」って話である。


 この原稿は実は、「情況出版が発行する別の雑誌」に載る予定で、実際に書いたのは一年以上前なのである(時期でいうと、2014年の2月ぐらい)。それがなんだか知らないけど出版見送りになってしまった(それは僕の原稿だけが載らなかった、ということではなく、雑誌自体が発売見送りになったということ。事情はよくわからない)。それで、お蔵入りになった後の後、ようやく一年以上経って出版されることになったのだが、その出版直前になって、「長い」と言われて、「いまさらかよ!」と思ったんだけど、結局僕も忙しくて手を入れる時間がなく、編集部の方で勝手に削られてしまったのである。でも、勝手に削るってのもひどい話だよね。


 ということで、文章が載ったのは良かったんだけど、微妙にはしょられてるのである。頑張ってつけた注釈とかも全カットされてるし、自分としては「不完全版」と言わざるを得ない。ていうか、ぶっちゃけ情況出版編集部は、あまりに不誠実なクソ野郎どもだと思うし、滅んでほしい。


 なので、そういう中途半端な不完全版わざわざ買ってもらわなくても良いし、発売からちょっと経ってるわけだし、ここで公開しとこうかなと思った。読みたい人は、別に買わなくていいよ。


「syuukatsu-demo.pdf」をダウンロード


 上の所から、勝手にダウンロードしてね。
 感想は、sunset.strip.028@gmail.comにでもよろしくお願いします。


 個人的には、ここにまとめて記録した内容を元に、誰かWikipediaの就活デモのページを編集してくれるとうれしいです。

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2012年3月27日 (火)

大学の形をした廃墟を越えて、つぎの夜へ

つぎの夜へ。

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2011年8月17日 (水)

これまでの色んな活動のおおざっぱな紹介。

なんか自分のブログのプロフィール欄が、あまりに古い状態から更新されていないことに驚愕したので、これまでの活動を自分の中でも整理しつつ、新しくしてみた。そして、せっかくだからこっちにも載せておく。

まぁ意外といろんなことしてきたんだなぁと実感するようなしないような…しかし、あまりに最後が暗いのが難点であるw

(ここにも記載してないのもいくつかあるし、忘れてるのもあるかもしれないけど、諸事情によります。「なぜこの活動をやろうと思ったのか」が分かるように色々リンクを付けといたつもりだけど、本当に大切な部分はなかなか人に見せるものでもないので、読んでいて不明確だとしても気にしないでください)

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2006年春から北海道に棲息している、うんこ大学生(紆余曲折あってなかなか卒業できない)。


ウキャーヽ( ・∀・)ノウポポ!とかなんとか言いながら、ただ平和に楽しく暮らしていければそれでいいんだけど、なぜか法律やら常識やらのせいでうまくいかないことがあるのが腹立たしい。

でも黙って適応するのもまた腹が立つので、理不尽なことを押し付けてくるやつらには可能な限り中指を突き立ててやりたいなと。誰かが、どこかで、いつの間にか、こっそり決めていた「なにか」に殺されるのなんかごめんなのです。

そんなわけで、貧困問題、社会運動論などに興味があります。これまでは、ホームレス支援活動や、大麻(薬物)規制への異議、就活問題への問題提起などをやってきました(詳細は後述)。それ以外でも興味があることには色々と首を突っ込んでいきたいと思っている。


理想は「ダメ人間でも生きられる社会」。それから「言いたいことが自由に言える社会」。これが簡単そうで、なかなかいつまでも実現しない。むずかしい。

ちなみにイメージが一人歩きして、なんかおっかない人だと思われることが多いんですが、実態はどこにでもいる温厚な男の子です☆(ゝω・)vキャピ(死) ツイッターなどを通じて人に会ったとき、「イメージと違いました」「意外と常識的でおとなしい方なんですね」などと言われるのには慣れっこであります。


 御用の方は、
 sunset-strip_028(at)ec.hokudai.ac.jp 
080-3532-6784

までご連絡ください。携帯は、出られない場合がありますが、留守電にメッセージを入れていただければ、余裕のある限り、かけ直します(ちなみに非通知でかけても繋がりません)。取材、仕事の依頼その他なんでも、御用があればご連絡ください。

ちなみに、「メールよりもツイッターの方が連絡つきやすい」説もありますので、ツイッターを通して@s_strip028までコンタクトをもらえると楽だったりもします。

★☆ これまでの、おおざっぱな活動記録 ☆★

★2007年夏ぐらいから★

札幌市内において、野宿者(ホームレス)への自立支援活動を行う「北海道の労働と福祉を考える会」(労福会)の活動に関わるようになる。夜回り、炊き出し、生活保護申請同伴などなど。僕にとって労働、社会保障の問題を考えるようになった原点の活動。政府や行政の無策に失望して左傾化(?)しだすのもこの時期。こういう活動は「ボランティアだとか、人助けしたつもりで自己満足に浸ってるだけだろ」とかいう偏見を外から持たれる場合がしばしばあるのだけど、色々なことがスッキリ理解出来ないからこそ、ずっと関心を抱き続けるし、それが重要なことだと思う。大学三年生の時はこの活動に打ち込んでいました。

★2009年6月★

北海道大学内における、

・大麻に関する知識の普及(「大麻は危険じゃない!」)
・言論の自由の確保(「言いたいこと自由に言わせろ!」)

のために、「北大大麻問題研究会」(通称:「あさけん」)を結成。啓発チラシやら、立て看板を設置して、なぜか大学当局から呼び出しをくらったりする。 日本における薬物規制の奇妙さについて説明したかっただけなのだが、大学としてはとにかく問題になりそうな活動は抑制したいらしい(別に僕らは「みんなで大麻吸おうよ」という趣旨の活動はしてないのだけど)。大学というところが、「自由に物事を考えるための場所」ではなくなってきていることを痛感。

○ブログ→あさけんの「大麻ってそんなに悪いものじゃないよ」blog http://ameblo.jp/nograssnolife420/

○ちなみに、この活動の背景には、2009年北大祭における「政治・宗教に関するアピールや企画は禁止」とかいう意味不明な規制について、大半の北大生が抗議しなかったことに不満を感じたことがある。 参考→北大祭の「政治主張禁止」はダメ!ゼッタイ! http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-6c2c.html

★2009年9月★

小樽港からフェリーにのって、京都まで旅行。京大くびくびカフェに滞在しつつ、京都夜回りの会、釜ヶ崎訪問、反戦生活界隈の方と交流したりしながら、名古屋、静岡、東京と移動。東京で、ホームレス支援団体の全国的な集会である「全国地域寄せ場交流会」に参加した後、生まれて初めて(宮下公園「ナイキ化」反対)のデモに参加して、その解放感に感動する。色んな人との交流に刺激をもらって、ろくでもない活動に拍車をかけるようになるw

★2009年11月23日★

 大学生にとって避けられないクソイベントになっている「就職活動=就活」に対する不満をぶちまけ、就活の孕む矛盾について問題提起するための「就職くたばれデモ」を札幌市中心部にて開催。就活に不満を持っている全ての人のためのデモ!同日には東京でも「就活のバカヤロー!」デモを開催し、同時行動を達成。ネット上で話題を呼ぶ。

○「就活がムカつく!」 mixiコミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4630019

就活デモについてよくわかる記事!→就活くたばれデモはなぜ生まれたかhttp://blog.goo.ne.jp/tomato-saibai/e/834aa01f679b8231affdd6292401432d

★2009年12月18日★

 就活デモについて、その行動を振り返りつつ、就活の問題点について考えるため「就活くたばれデモ報告会 NNT(無い内定者)と語る会」と題したトークイベントを北大文系棟にて開催。これは就活において、就活を肯定的に捉えた言説ばかりが出回っていることに対するアンチを示すためのもので、就活でひどい目にあったり、その上内定がもらえなかったことで「就活なんかクソくらえ!」と感じている学生に語ってもらう、というもの。ゲストとして、北大倫理学教授の蔵田伸雄先生からもコメントをいただく。イベントのタイトルは、北大キャリアセンターが定期的に行っている「内定者と語る会」のパロディ。
この時に語られた内容は、文字起こししてWordデータを保管しているので、欲しい人は上に載せた連絡先まで連絡ください。

★2009年12月24日★

札幌市内のイベントスペース、ATTICで行われているイベント「屋根裏TV」のゲストとして参加、就活デモの意図や就活の現状について話をしにいく。ネットを通して動画の配信が行われた。クリスマスイヴの夜に、よくもまぁ参加したものだなぁと我ながら思うけど、これはこれでいい思い出です(たぶんw)

○「屋根裏TV」アップされました!http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/tv-1df0.html
↑今確認したら、動画のリンクが消滅してて見れない!ww どこに行ってしまったのかよくわからんのですが、発見したらリンク先など貼ってきおきますw

★2010年1月23日★

2ちゃんねる「大生(大学生)板」の人が中心になって、「就活くたばれデモ@TOKYO」なる企画が実行されたので、実家に帰省がてら参加してきました。

○就活デモについての整理、おおざっぱに→http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-82db.html

★2010年6月18日★

 就活の現状を問題視してベストセラーとなった新書「就活のバカヤロー」の共著者である、石渡嶺司氏による講演会「「就活のバカヤロー」石渡の就活トークライブ in北大」を北大クラーク会館で実施。参加者はたしか200名ぐらい?僕はこの講演会の第二部「ゲスト」として、石渡氏との対談に参加。ただ、時間が足りなかったせいもあり、かなり不完全燃焼で終了。石渡氏とはあまり話が合わなかったw 後日ustreamで「就活のバカヤローを振り返る対談」なんていうのもやりました。

○講演会について→ 「就活のバカヤロー」石渡の就活トークライブ in北大http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/in-1e69.html
○後日企画「就活のバカヤローを振り返る対談」 →http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-f3fb.html

★2010年10月2日★

東京のイベントスペース阿佐ヶ谷ロフトで氷河期世代ユニオンという団体主催の「考えよう、若者の雇用と未来~働くことと、生きること~」というイベントが企画され、雨宮処凛、赤木智弘、荻上チキ、山内太地、ぺぺ長谷川、塩見孝也などなど、何やら豪華な顔ぶれに混ざって(なぜか)僕もゲストとして呼ばれる。当日は、ニコ生でも動画がリアルタイム配信されました。
時間も短かったのであまり大した話はできなかったけど、自分が伝えたい事は最低限伝えられたんじゃないかなぁと思う。この日の打ち上げで、後に「就活どうにかしろデモ」を主催することになる本間くんと出会う。

○10月2日に、阿佐ヶ谷ロフトでイベントやるよー http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/102-2f73.html

★2010年11月23日★

就活のクソっぷりへの反撃が足りないので、一年前に引き続き2010年にも就活くたばれデモを開催。この時は、札幌・東京・大阪・松山の四カ所で同時行動を実現!新聞などで大きく取り上げられる。札幌ではサウンドシステムを積んだリヤカーを引っ張りながらDJプレイするという、派手なパフォーマンスをやらかしました。

○就活がくたばるか、あるいは僕たちがくたばるか。(就活くたばれデモ2010!)
 http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-b78f.html

★2011年2月22日★

僕は(元気なかったので)直接は企画に関わってないのだけど、東京のデモ実行委員会によって、永田町の参議院議員会館で、「”就活”が抱える問題に関する院内集会」が開催され、多数の国会議員、学生、市民の方へ就活の問題をアピールすることに成功。ゲストは、東大教授(教育社会学)の本田由紀、雨宮処凛、国会議員多数。この時に、就活デモサイドによる、「就活への代案」として、就活基本法の案が提示された。
 ただ、このイベントからあまり経たない内に、311の震災が起こってしまい、どうも話がトんでしまった感があるのは残念。

○「いんないしゅうかい」やりますよ。 http://sunset-strip.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post.html
○「就活基本法」策定の要望 http://syukatudemo.blog77.fc2.com/blog-entry-80.html
○院内集会報告 http://syukatudemo.blog77.fc2.com/blog-entry-81.html

★それ以降★

 2010年の途中ぐらいから、なんだかうつっぽくなって卒論が提出できなかったのもあって(2010年の年末から年始にかけてはほとんど引きこもり状態でしたw)、最近はあまり精力的に活動しているという感じではないけど、色々と新しい作戦を練っているつもり。まぁ充電期間みたいなものだと思えばいいかなと。ただ、ツイッターでは常に憎たらしいことを書いているので、気になる人はそちらを見てみてください(http://twitter.com/#!/s_strip028 @s_strip028)。いまは地道に勉強して卒論を仕上げて、卒業しようと思っている感じで、その後の進路はまったく未定であります(誰か仕事ください)。

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2011年6月 3日 (金)

「100,000年後の安全」をレヴューしてみた

先日見た映画「100,000年後の安全」(http://www.uplink.co.jp/100000/)の感想をチラッと。

 これは、フィンランドで建設中の放射性廃棄物の永久地層処分場についてのドキュメンタリー。美しい映像や音楽をバックに、このプロジェクトの関係者へのインタビューなどが紹介される。

 この計画は、原子力発電によって発生した放射性廃棄物を、無害な状態になるまで要塞のような地下貯蔵施設に埋蔵して閉じ込めておく、というもの。こう書くとそんなに難しい話でもなさそうに聞こえるかもしれないが、貯蔵される放射性廃棄物が無害になるまでの期間はおよそ10万年。「オンカロ」と呼ばれる埋蔵施設は、10万年後まで地中深くに残ることを目的として建設されているのである。

 この映画を見て観客がまず考えさせられるのは、「10万年」という圧倒的な時間の長さである。イエスが十字架にかけられてから現在まで2000年ぐらい。現在から10万年遡れば、人類の祖先は、まだネアンデルタール人の段階。人間の歴史のスパンで見ても、あまりに桁が違う。10万年後まで何の問題もなく地中に埋めておくということは果たして可能なのか。

 この計画は、もちろん国の承認を経ているのだが、これまで世界中で決定された政策で、「10万年後」のことまで考えて決められたことなど、たぶん、いや間違いなく、ない。なんでこんな計画が実行されてしまうんだろうか。よくわからない。

 計画への疑問は絶えない。10万年も壊れずに残る建造物を作ること自体が可能なのか。天変地異による影響は大丈夫なのか。そもそも10万年後まで人類は存在するのか。今とは異なった姿の「人類のようなもの」がいるのかもしれない。彼らは地中に埋められた施設の存在に気づいてしまわないだろうか。10万年後の人類に誤ってこの場所を開けないように示すことは可能なのか。その際に放射能の危険を示す文字や標識は効果をなすか。危険だと伝えることができても、好奇心をおさえられないものはやはり施設を掘り返すかもしれない……

 全てが推測の域を出ないが、10万年の間に何があるか予測の限界を超えている以上、可能性は無限だ。その問いは、単に技術的な話だけではなく、哲学的ともいえる深遠なところまでたどり着いてしまう(インタビューを受けていた関係者の中に神学の研究者もいた)。

 個人的にはこの映画を実際に見てから、この映画について思い違いというか勘違いをしていたことに、二つ気づいたことがある。

 一つは、これは「原発についての映画」ではないということだ。もちろん、広い意味では原発(というか原子力)に関するものではあるのだが、焦点は「放射性廃棄物をどうするか」「この計画の是非について考える」ということ。

 本編の中で出てきたインタビューの言葉で印象的だったのは、(うろおぼえだけど)「原発に賛成だろうが反対だろうが考えないといけない問題」というもの。現在、地球上には放射性廃棄物が20万から30万トンあり、その処理は誰かが何らかの方法で必ずやらないといけない。実際問題として、何とかしないといけないのだ。「賛成」あるいは「反対」と口にすることで、思考停止していればいいわけではない。これは空想上の話ではない。

 もうひとつ気づいたことは、(上記とも少し関連するが)この映画は「原発の危険性を告発する」とか「原発反対」とかいうメッセージを観客に伝える類の映画ではないということだ。むしろ、このような計画があるということを示した上で、是非については観客ひとりひとりが考え、判断することを促しているような気がした。

 たとえば、細部の話で恐縮だが、個人的になるほどと思ったことが一つある。それは映画の序盤で、KraftwerkのRadioactivityという曲が流れていたことについて。

 (前に反原発ソングを紹介したときにも書いたが)、この曲にはバージョンがいくつかある。この曲が発表された当初は、放射能についてあまり中身のないことを歌った、無機質な曲として登場したが、チェルノブイリ事故などが起きて原発問題に対する関心が高まるのと合わせて、「Stop Radioactivity」などの歌詞が追加された反原子力ソングとしてアレンジされた。劇中で流れていたのは、初期のバージョンで、原発に否定的なメッセージは特に込められていない方だった。あえてこちらのバージョンを流したのは、映画全体で「反-原子力」といったメッセージを押し出したくなかったからだろう。そこに制作の意図を感じた。

 もちろん、そうだからといって原子力の現状を肯定しているわけでもない。原発を使い続ければ、こうした処理に困る「核のゴミ」が出続けるのは明白だし、この埋蔵計画はあまりに無責任という印象はいなめない(誰も責任を取れないし、うまくいく保証がないのだから)。それを手放しで「賛成」とは誰にも言えないだろう(裸の王様と対峙した素直な子どもだったら、「そんなの無理じゃないか」と叫ぶところだろう)。

 この映画を見て、そんなことを感じた。

 これはフィンランドが舞台となった話だが、使用済み核燃料の処理に困っているのは日本でも変わらない。たとえば北海道の幌延(稚内の近く)では、高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設が目論まれた過去があり、現在は「放射性廃棄物は実際に持ち込まない」「研究後は穴を埋め立てる」などの協定のもとに、深地層研究施設が幌延の町に建てられている(処分場の誘致に反対している人々は、「なし崩し的に処分場が作られてしまうのではないか」と危惧している)。

参考→幌延町 幌延深地層研究センター【概要】 

    朝日新聞「防災を問う」第2部 原発 (幌延の話を取り上げている)

 放射性廃棄物の処理をどう考えるのか、というのは原子力の問題をどういう立場を取るのかを考える上でも、避けては通れない問題だろう。まず現実を感じるために、多くの人に見てもらいたいと思える映画だった。

(↑なんかカッコつけたこと書いちゃったけど、映像がすごくキレイでそれだけでも見る価値ありなんじゃないかなぁと個人的には思った。以上)

☆おまけ

札幌では、狸小路にあるシアターキノで上映中で、来週火曜日までやってるそうです金曜日(10日)まで延長したとのこと→一日ニ回上映。時間のある人はどうぞ。

シアターキノ  http://theaterkino.net/

公式サイト http://www.uplink.co.jp/100000/

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2011年5月30日 (月)

「都市型狩猟採集生活」とはなんぞや!

 年末の、かなり元気なかったときに読んだ本のレヴューをいまさらしてみるトゥデイ。

ゼロから始める都市型狩猟採集生活 Book ゼロから始める都市型狩猟採集生活

著者:坂口 恭平
販売元:太田出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 一般的に路上生活者・ホームレスと呼ばれる人々の生活様式に着目することで、僕らが当たり前と見なすやり方とは全く違うスタイルで、ほとんど(あるいは全く)金を使わずに、豊かな生活を送る知恵について考察している本。

 著者の坂口は、都市においてゴミと見なされる剰余物の中から必要なものを獲得したり、無料提供されるサービスをうまく享受する実践例を紹介している。彼によれば、それらはゴミなどでは決してなく、(海の幸、山の幸になぞらえて)「都市の幸」と呼ぶべきものであるという。

 そこでは、衣服・食料の見つけ方から、家の作り方、住み方、そしてそうした生活の哲学まで披露されている。そこにあるのは、単純に「ホームレス=悲惨な路上生活」などと、ひとくくりにすることは出来ないような、豊かな生活の実践である。生活のための知恵と工夫とが、そこには詰め込まれているのである。

 坂口自身がこうした生活に強い関心を持つ根底には、人間にとってのシンプルな暮らしとはいかにあるべきか、ということを追求する態度がある。現代の社会は、必要以上の供給を前提に、サービスやインフラが整備されており、しかもインフラなどの中身はブラックボックス化されている。

 しかし、人間の生活の根源を維持するためには、必要な物の量を知り、自分の身の丈に合わせて生活を作る方が合理的である。その点で、都市型狩猟採集生活は、必要最小限のものを適切に入手し、利用するサイクルを形成しているという点で、実に合理的であり、また環境負荷も少ない。DIYの喜びもある。

 こうした指摘は、決してこの生活を実践する一部のひとだけの問題ではない。今回の震災は、僕達の生活を支えるエネルギー供給・消費をどう考えるか、といった問題を(原発事故を中心にして)はっきりと突きつけている。水道や電気(あるいはコンビニのような24時間営業店舗)を、「いつでも・どこでも・いくらでも利用出来る状態」にすることで、どれだけのコストが支払われているのか、あるいはその是非について、僕たちはもっと自覚的になるべきなのではないだろうか。その際に、ここで述べられている実践は(そのまま模倣するというのではないにせよ)示唆深いものがあると思う。

 ところで、上記のような生活を興味深いものであるのは確かだが、その難点について批判されることも不可避だろう。路上の生活はなんといっても不安定であるし、健康上の保障はない。この本に出てくる「都市型狩猟採集民」の面々は、ある種の才能に恵まれているがゆえに、こうした生活が持続できているし、東京という街の環境も他の地方都市と比べて有利な面もある。そのため、ここで報告されている実践だけでは「誰でもできる」と一般化することはとてもできない。 また、こうした報告が、貧困問題から目を逸らしたい人間にとって、有利な証拠として作用してしまう可能性も否定しがたいだろうそういうろくでもない考え方をするやつは多いし)

とはいえ、本書の提起するスタイル自体は、そうした批判を補ってあまりあるものなんではないか、と思ったりして取り上げてみた。うんw

※おまけ

ちなみに、著者の坂口氏は最近、熊本で「新政府の樹立」を宣言して、「初代総理大臣」を勝手に名乗っているそうであるw 「ゼロセンター」なる家に住みながら、震災の被災者の受け入れなどをしているとのこと。細かいことは僕もよくしらないけどw、興味ある人は、下のHPやツイッター@zhtssをフォローしてみるといいかも。

坂口恭平公式HP ゼロ円ハウス http://www.0yenhouse.com/

※おまけ その2

今度の週末、札幌で坂口氏のトークイベントがあるとのこと。詳細は以下の通り。

場所:札幌市中央区 南7条西4-2-5 LC七番館1F 「湯ん」

入場料:1000円

時間20時半開場。21時開始予定。

要予約→09095218932 desnos911@gmail.com (松岡)

http://des-nos.com/?p=56

興味ある人はぜひ。

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2011年5月22日 (日)

反原発ソングs

久しぶりの更新だけど、そんなことには特に触れず、今回はなんとなく反原発のメッセージを込めた曲を色々と紹介してみようかなと思ったので、動画を載せてみる。

今回の事故のことでもわかるように、原発というのはすさまじいタブー項目としてメディアでも扱われてるから、原発批判ソングってフツーのミュージシャンはまず歌わない(歌えない)みたい。

でも、ちらほら根性のある人たちによって曲が作られてたりするので、そういうのをちょっとだけまとめてみた。

☆ランキン&ダブアイヌバンド「誰にも見えない、匂いもない 2011」

日本語レゲエDJの父(?)、ランキンタクシーさんの曲。
今回は、20年くらい前に発表した曲をダブアイヌバンドと一緒に復活させた。ノリもいいし、皮肉もきいてるし、時事性が高くて素敵。
ランキンさんは、今回の反原発デモはもちろん、東京のマリファナマーチ(大麻の非犯罪化を求めて行われるデモ)にも参加したりしてるし、ガッツのある人ですね。

☆RCサクセション サマータイムブルース~LOVE ME TENDER

忌野清志郎率いるRCサクセションが1988年に発売されたカバーアルバム「COVERS」に収録されている二曲。このアルバムは、洋楽ロックの 名曲をRCがカバーしたアルバムなんだけど、なぜかオリジナルの歌詞ではなく、キヨシローが作詞した「政治的な」日本語歌詞で歌われている

このアルバムは、発売しようとした当初、所属するレコード会社からストップがかかって発売できなかった。会社側は、「素晴らしすぎて発売できない んです」とかわけのわからん言葉をぬかしたのだが、もちろん納得できないキヨシローは、「じゃあそうやって発表しろ!」と言ったため、発売中止の告知広告 には、「素晴らしすぎて発売できません」との文字が躍った。

ちなみに、発売が中止された理由は直接は発表されてないけど、事情はすっごく分かりやすい。このアルバムを発売中止にしたレコード会社は、東芝の 子会社(当時)である東芝EMIなのだけど、ご存知の通り東芝は(日立、三菱と並んで)原発を作っている「プラントメーカー」。子会社EMIから反原発ソ ングを発売されて批判されるのを避けるために、子会社に圧力をかけたというのが定説。

いやー大人の事情はきたなくてやだねw

ちなみにキヨシローはこの騒動の後で、「原発反対って言わなきゃいいんだろ?!」ということで、「原発賛成音頭」というシニカルな曲を歌ったりしてます。クール!

☆斉藤和義 ずっとウソだった

忌野清志郎をリスペクトしている(らしい)斉藤和義は、自身のヒットソング「ずっと好きだった」を替え歌にして、反原発ソング「ずっとウソだっ た」をネット上で発表。聞けば分かるけど、政府や電力会社のウソ(「安全です」)を批判している。所属事務所は、「本人の意思に基づいて発表したわけでは ない。うちわで撮影したものが出回ってしまっただけ」とか意味不明な言い訳をして火消しにかかったんだけど、こんな動画が投稿されたらネット上では祭りが 起きるに決まっていてw、あっという間に拡散。今では普通にようつべで見れるわけである。

これも悪くない曲だけど、「騙された」という表現はちょっと無邪気すぎる気がしないでもない。推進したい連中が騙そうとしてたのは事実だけど、う さんくさい「安全神話」によりかかったのは消費者の側でもあるわけで。「騙される側の責任」てのもあるよね。騙されてない人もたくさんいたわけだし。

☆Kraftwerk - Radioactivity

ドイツの電子音楽グループ、クラフトワークの曲。
クラフトワークといえば、「ロボット」やら「鉄道」やらをテーマに曲をつくっている「テクノロジーフェチ」みたいな人達なんだけど(ていうか彼ら 自身の愛称が「ロボット」だしw)、この曲はそんなテクノロジーの(ある種の)先端である原子力をテーマにしている。Radioactivityって「放射能」だしね。

この曲が最初に発表された時は、別に反原子力ソングではなかったんだけど、80年代以降は原子力関連の地名(「チェルノブイリ」、米スリーマイル 島のある「ハリスバーグ」、「ヒロシマ」、英の再処理工場「セラフィールド」)や、「STOP Radioactivity」などの歌詞が追加されて歌われるようになった。やっぱ時代的なもんですかね。

ちなみに、この曲が元々おさめられていたアルバムRadioactivityは、邦題は「放射能」となっていたけど、同時に「ラジオの活動」という意味もあって、アルバム収録曲の半分は、ラジオに関する曲だったってのがちょっと面白いw

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核・原発批判ソングとしては、加藤登紀子の「原発ジプシー」とか、ブルーハーツの「チェルノブイリ」とか、佐野元春の「警告どおり 計画どおり」とか、(個人的にはあんまり好きじゃないんだけどw)最近発表されたECDの曲とか、けっこう色々あるけど、今日は割愛!
なんかオススメの曲などあったら、誰か教えてください。

☆おまけ


 

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2011年2月20日 (日)

「いんないしゅうかい」やりますよ。

これは暇なやつは行った方がいいよ。なんか「参議院議員会館」に乗り込むなんて、考えただけでワクワクするじゃんw 

「院内集会」って聞いてもよくわかんなかったんだけど、議員会館で開くイベントのことらしいです。国会議員が来やすいから、そういうところに声を届けやすいんだとか。

東京の就活デモ実行委員会が主催していて、僕は調子が悪かったりもあって、ほとんど協力できてないんだけど(すんませんw)、ともかくこういうイベントはよいものである!ということで転載しておく。

以下、転載歓迎
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"就活"が抱える問題に関する院内集会のご案内

院内集会とは、議員会館内の会場で国会議員の方々に当事者の生の声を届けるためのイベントです。

不況の年にたまたま卒業しただけで就職できない!
新卒時に正社員になれないと「既卒」枠!
3年秋から就職活動が始まり勉強できない!
「シューカツ」に少しでも疑問を感じているなら院内集会にご参加下さい!
大学生はもちろん、高校生、社会人の方、どなたでも大歓迎です。

特に、「就活って何かおかしいんじゃない?」と感じている学生の皆さん!
具体的に「こうしたい」という代案がなくたって、問題を訴えていけば世の中は変わるかもしれない!一緒に国会議員に声を届けましょう!

【日時】2011年2月22日(火)18:00~19:00(開場17:45)
【場所】参議院議員会館 101 会議室
東京都千代田区永田町二丁目1-1
地下鉄各線「永田町駅」・「国会議事堂前駅」

【内容】 ※予定
・学生からの訴え
・有識者からのコメント
・国会議員含む来賓からのコメント

【ゲスト】
本田由紀さん(東京大学大学院教授)
雨宮処凛さん(作家)他

【参加費】無料

【服装】自由

【お申し込み】
参加をご希望の方は、下記メールアドレス宛に、ご所属(大学名等)とお名前をご連絡ください。当日はロビーにて通行証をお渡しいたします。

【ご意見募集】
院内集会でのご発言を希望される方は、進行の都合上、事前に内容をメールにてお知らせください。

主催:就活デモ実行委員会
電話:090-9450-4902
メール:syukatudemo@yahoo.co.jp
広報窓口:山本 記央(やまもと のりお)

http://syukatudemo.blog77.fc2.com/blog-entry-71.html

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2010年11月22日 (月)

就活くたばれデモ@札幌2010 「こんな就活もうイヤだ!!」呼びかけ文

いまさらながら就活くたばれデモのサブタイトルと呼びかけ文が出来たので、発表します。

いまさらながら転載歓迎ですw

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【就活くたばれデモ@札幌2010 こんな就活もうイヤだ!!】

早期化・長期化、うそつき合戦のES・面接、不透明な採用基準、地方格差、性別差別、学業を圧迫、なんだか自己啓発じみた就活セミナー、仕事のやりがい主義、やたら張り切る学生団体、商業化する就職イベント、リクルートスーツを着た学生の大群……

「就職氷河期」とやらを背景に、いまや大学生を中心とした就職活動=「就活」の現状は、なんだかとんでもないことになってしまっている。大学生の本分は、勉強・研究ではなく、就職活動になってしまったみたい。

「でも、この就活ってさ、なんかおかしくない?」……たぶん、あなたのそんな疑問は間違ってない。

日本の大学生の「就活」の現状は、新卒一括採用のようなものにしても、かなりグロテスクだし、別に合理的でもなんでも無い。本当はこんなことしなくたって済むはずじゃないの!?

と いうことで、昨年に引き続き札幌では、北海道大学などの学生を中心に、就活の現状に異議申し立てをするための「就活くたばれデモ」というデモ行進を企画し ました!昨年は、札幌と、それに共鳴した東京で。今年は更なる広がりを見せ、なんと全国同時開催(札幌、東京、大阪、愛媛)が決まりました。

就活デモ札幌の、主張の根幹にあるのは…

・  「もっとまともな生をよこせ!」

=不合理な就活システムで茶番を強いられ、さらには希望の無い労働市場にただブチ込まれるなんてウンザリだ!(もちろん、差別的な採用・雇用慣行についてもNO!)労働、教育、社会保障などを含めて、もっとまともな未来をよこせ!

・    「大学に自由を!」

=早期化が進む現在の就活の仕組みでは、自由に物事を考えるための勉強・研究よりも、「企業社会にいかに迎合し、適応していくか」ということの方が重要になりつつある。平日に選考があれば、講義も出られない!それって大学の自治としてもどうなの?そんな大学はNOだ!

これは、特定の機関に具体的な要求をするものではありませんが、就活の現状はおかしいし、それを積極的に変えることは決して不可能ではない、という前提でアピールをしていきます。「サウンドパレード」という形を通して、楽しみながら就活の問題提起をしていきましょう☆

☆詳細
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日時:2010年11/23(勤労感謝の日) 13:00集合→アピール開始、13:30出発、15:00終了(前後します)

集合:北海道大学 クラーク会館前
出発:北海道大学 正門
解散:大通公園 西4丁目

※参加費無料、雨天決行、服装自由(コスプレ大歓迎!)
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・どなたでも参加OKです。ただ街中で踊ってアピールをしたい!という方ももちろん歓迎。途中参加もできます。
・事前の連絡などは不要です!飛び入り歓迎!
・必要な持ち物はないですが、楽器やプラカード、目立つものなどがあると良いかもしれません。
・参加費は無料です。解散時にカンパをお願いするかもしれませんが、あくまで任意です。
・コースは事前に決まっています。コース画像を載せておくので参考にしてください。
・CDJを使ってのプレイになります。CDを持参して頂ければ何でも流します。当日はROCK,HOUSE,ELECTROなど色々とかける予定です。
・道路使用に関しては、事前に警察の許可をとっています。

今回のテーマは「就活」ですが、現在の就活について異議を唱えることは、「堅苦しくて生きづらい世の中なんてNOだ!!」ということにも繋がるはず。そうした不満や疑問を持っている方はぜひ!

就活に問題意識のある方も、就活について考えたことのない方も、どなたでも奮ってご参加ください☆

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☆(誤解を招きそうな点について)補足

就活くたばれデモは…
・就職すること、働くことを否定するわけではない
・就活している人を批判するわけではない
・「反就活」ではない(ただし、現行の就活システムは「くたばった方がいい」という認識)

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☆参考までに、就活の問題点リスト(一部抜粋)

・ 新卒一括採用→日本の就活を支える最大の雇用慣行。大卒時点で正社員になれないと、その後の挽回が難しい、一発勝負の不条理システム。

・地域格差(求人倍率の差、情報の差、交通費、時間)
→札幌なんかだと東京に面接受けに行くだけで、出費がバカにならない!

・  評価基準が不透明(「コミュ力」、「人間力」などなど、曖昧)
→なんで不採用になったかわからないから、落とされれば自己否定に走ってしまう

・  年齢差別、性差別、容姿差別
→欧米では、履歴書に年齢を書くこと、性別を書くこと、写真を貼らせること自体を禁止している場合もあるのに…

・  情報の一方向性(企業からの表向きの情報が大半)
→理想を抱いて入っても、結果はミスマッチで早期離職…

・   学業を圧迫→授業出れない。卒論にも集中できない…

などなど…

☆札幌 就活くたばれデモ@札幌

ブログ:http://blog.goo.ne.jp/tomato-saibai
アドレス:tomato-saibai@mail.goo.ne.jp

携帯:080-3532-6784(オオタキ)→当日の連絡はこちらに!

 

☆各地の連絡先など(おまけ)

〇東京 就活どうにかしろデモ(就活くたばれデモ@東京)
ブログ:http://syukatudemo.blog77.fc2.com/
アドレス:syukatudemo@yahoo.co.jp
ツイッター:@syukatudemo

〇大阪 ここがヘンだよ就活パレードin関西(就活くたばれ関西版)
ブログ:http://blog.livedoor.jp/kokohenshukatsu/
アドレス:kokohenshukatsu@gmail.com
ツイッター:@kokohenShukatsu

〇松山 就活したくないよぉ~☆パレード(就活くたばれデモ愛媛版)
ブログ:http://ehime-demo.jugem.jp/
アドレス:ehime.demo@gmail.com

〇mixi支部「就活がムカつく!」コミュニティ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4630019

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2010年11月12日 (金)

問題が燃え上がるとき、常に感性の火の粉が飛び散っている

 現在、就活くたばれデモの準備が着々と進んでいて、今日はデモの申請(というかデモコース調整)のために警察署に行ってきた。なんだか、去年やったときの担当者が僕のことをおぼえていて、「今の若い人は就職口なくて大変みたいだから、ガツンとアピールした方がいい」みたいなことを言われたw しかも「まぁここだけの話だから…」とか言われたので、こっそりここに載せておくw 就活くたばれデモは、警察官のウケもいいようであるw

 それはともかく…

 ここ最近、フランスでは高校生を含む若者が年金改革に反対してたり、イギリスでは学費値上げに反対する大学生たちが大規模なデモやら暴動(!)を起こしてるんだけど、日本では、ひっどい就職難(というか理不尽な就活システム)やら、ろくでもない労働環境やらがあっても、みんな大人しくしていて、これはなんなんだろうなぁと思ったりする。色んな人が指摘しているけれど、日本人は(特に若い人は)大人しい。これってなんなんだろう。今日はそのことについて、ちょっと考えてみる。

 僕がその理由、というか背景として考える事柄は(いくつもあるのだけど)、大きなものとして、感覚的な不満や疑問を口に出すことに、否定的な風潮というものがあるんじゃないか、と思う。つまり、何か不愉快な事柄や疑問があっても、それを「言っても仕方ない」として封印してしまうような感覚。

 今でこそ就活というものがはらむ問題点について、僕たちはだいぶまともな考察ができるようになってはいるけれど(たぶん前よりかはw)、就活くたばれデモを企画した当初から、就活というものの問題の所在をはっきりと見据えていたわけではない。

 

僕がデモ構想段階で考えていたのは、「就活ってなんかムカつくよね」というレベルのことだった。まわりの友人が、みんな就活のろくでもなさについて口々に言うので、「そうか、そんなにムカつくんだったら怒りをぶちまけてやろうぜ!」と思ったのだ。これがシンプルな理由。最初は、まだ就活を「問題」としても認識していなかったが、とりあえず怒りをぶちまけることにしたのだ。

 でも、こういう態度には批判が多い。就活デモについて、飛んでくるもっとも定番の批判は「代案はどうするの?(それがなきゃダメだよね)」というもの。これは、僕らが就活に関する確固とした代案を持ち合わせていないことを見るやいなや、途端に「ただのガス抜き」とか「ダダこねるガキと同じ」とか「そんなの大人は相手にしない」とかいう言葉を繋げていく。そして、そうした批判を投げかける人の心の中心にあるのは、「理性的であれ」という意識だったりする。つまり、「批判を行う以上は、冷静に理性的に分析し、問題の本質を見定め、そしてそれに対する代替案を提議しろ」という価値観。

 これを要求する、あるいは自明視しているやつらは、この国にはとてつもなく多いらしい。たぶん、僕らのデモを支持している人の中にも、「(代案はなくても)ただのワガママじゃなくて、ちゃんと考えて発言しているから、いいことだ」とか抜かす人はいると思う。「ただの感覚的な不満ではなく、理性的だから支持する」という態度。そこにある種の闇があるように思う。

 こうした態度は、「声を上げること」「行動を起こすこと」の全部じゃないと僕は思う。つまり、「理性的/冷静」に問題を分析し、提起する態度は一方で評価されるべきだけど、それ以外の「意味づけされない不満」を否定することはないんじゃないか、と

 それは理由がある。

 まず、行動しながら見えてくることがある、というのが一つ。特にデモの企画を人に話している段階で、非常に多くのことを考える機会があった。いろんな人に「就活に対する不満をぶちまけたい」(あるいは「ぶちまけてやった」)と話すと、それぞれの人がそれぞれの不満を話してくれる。それが集積されて、「不満・疑問」が「問題意識」に変わる。集まった仲間内で話している間に気付いたことも多かった。

 そして、その延長線上にあることだが、多くの人にアピールすることで、それだけ意見をもらい、考える機会が増える、ということ。たとえば、声を上げたことがメディアに取り上げられたりすれば、それについて反響がくる。その中には、僕たちの抱く疑問や不満をより上手い言葉で表現してくれる人もいるかもしれない。特に、こういう時にこそ、学者やら批評家やらのインテリさんに脳みそを稼動させてもらわないと困るわけである(あてにならない時/ヤツもたくさんいるわけだがw)。そして、そうした言葉から問題の本質や、その解決の糸口が見えてくる可能性も十分にあるのだ。

 つまり、「不満・疑問」という「感覚」は、それ自体が直接に問題を変えるというよりも、「問題意識」という芽を生やす種のようなもの、あるいは「問題意識」を燃え上がらせるための、火種・火の粉のようなものと言えるのではないだろうか。

 だから、僕はあえて言うのだけど、「こんなこと考えてもしょうがないよな」なんて言わないで、「もしかしたらこれって変えられる問題なんじゃ…」と思って、自分達の不満を口に出してみることにも大いに価値があるはずである。お利口さんになって、縮こまってもいいことないぜって話である。ウダウダ言ってないで街頭に出て、僕らのデモに参加しろってことだ。 以上!w

 


 





 (…なんていうお利口さんじみたことを書いてしまったが、感情を爆発させる・素直に表現することの最大の意義は、「たのしいから」ということに他ならない。感情を爆発させること全般は、「生産的w」でなくたっていいのだ。「ストレス発散、ガス抜き上等」である。ただ、一ついえるのは、その際に自分の体や心を痛めるよりかは、表にぶちまけてやった方がスッキリする部分はあるぜ、ということ。そして、なるべくなら人を傷つけないような形でやることが望ましい。だから、ぶちまける矛先については考える余地があるかもね。その辺は宿題。みんなも考えてね)

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«就活がくたばるか、あるいは僕たちがくたばるか。(就活くたばれデモ2010!)